はいっ!らぶあんどぴーすです。
10年後はどんな世界!?
創造力が膨らむ非日常シリーズ「料理編 第2話」をお楽しみ下さい。
📚シリーズタイトル
《記憶を煮込むレストラン──Quatrième Tempsの奇跡》
第2話:未来を育てるスープ──過去に別れを告げて
プロローグ
あのレストラン《Quatrième Temps》を離れて半年──。 霧島蒼は東京の片隅、古びた長屋を改装した小さなキッチンに立っていた。 火を灯し、野菜を刻み、出汁を取る。 それは“非日常”の中心にいた頃とは対照的な、日々の積み重ね。 けれど彼の心には、まだ“時を煮込むレストラン”の余韻が残っていた。
過去の記憶を呼び起こす料理。 涙を誘う、ひと皿の力。 そして何より──“あの人”との出会い。
真白との別れは、別れではなかった。 それは“再始動”への予兆だったのだ。
一章:東京に戻った男
「ただいま」
玄関の扉を開けた蒼の声に、反応はない。 二階に上がると、畳の上で膝を抱えている父の姿があった。 彼は軽度の認知症を患っており、言葉よりも表情で意思を伝えるようになっていた。
蒼はゆっくりと近づき、手を差し伸べた。 父は一瞬きょとんとしたが、次第にその目が柔らかくなった。
「飯、つくるよ。今日は、あんたの好きな野菜スープだ」
二章:味覚が呼び起こすもの
料理とは、記憶のトリガーだ。 蒼はそれを《Quatrième Temps》で学んだ。 だが東京での日常は、派手な演出も、特別な調味料もない。
冷蔵庫には、半端な野菜たち。 キャベツ、にんじん、じゃがいも、玉ねぎ。 それを丁寧に刻み、ゆっくりと火にかける。
グツグツと煮立つ鍋から、柔らかな香りが立ちのぼる。
味見をする。──少し、物足りない。 そう思った瞬間、かすかに聞こえた父の声。
「……もう少し、胡椒を」
蒼はハッとした。
「覚えてたのか?」
父はうなずいた。 目に涙を浮かべながら。
三章:子どもたちと、スープ教室
春の終わり、地域のボランティア活動で“こども食堂”を手伝うことになった。
小さな教室に集まったのは、小学生から高校生まで。 貧困家庭も、不登校児も、家庭に問題を抱える子も混ざっている。
蒼は最初、料理を教えるだけのつもりだった。 けれど、ある少女の言葉が彼の心を揺らした。
「ねえ先生、スープってさ、泣いていいときに飲むものなんでしょ?」
彼女の名はミユ。 小学五年生。父親は蒸発し、母親は多忙で家にいない。 いつも妹の面倒を見ていた。
蒼は応えた。 「うん。泣きながらでも、飲んでいい。むしろ、泣いたときに飲むスープのほうが、おいしいかもしれないな」
四章:家庭を知らない子どもたちへ
蒼は毎週末、スープを作った。 野菜を刻む音、包丁のリズム、煮込みの香り──。 それは、彼にとっても癒しだった。
「スープって、家族みたいだよね」
そう呟いたのは、ひとりの少年だった。 母親に虐待されていた彼は、スープを食べると眠れるようになったという。
蒼はあるとき、スープの“レシピノート”を子どもたちに配った。 けれど中は空白だった。
「これから君たちが、自分のレシピを書き込むんだ」
──レシピは、未来に向けたメッセージだ。
五章:父との別れ、そして再出発
夏の夜。 父は静かに息を引き取った。 最後の食事も、やはり蒼のスープだった。
「……うまい」
かすかな声に、蒼はうなずいた。 「うん。ちゃんと、うまくできたよ」
葬儀のあと、蒼はぽつりとつぶやいた。
「もう、過去には戻らない。俺は、未来に向かって料理をつくる」
エピローグ:再び、未来へ
秋の風が吹き始めた頃。 《Quatrième Temps》から一通の手紙が届いた。 封筒には、真白の名前。
──蒼へ。 “次の“時”が動き出す場所”を見つけた。 一緒に来ないか?
蒼はスープ鍋を火にかけながら、ゆっくりとうなずいた。
「行こう。今度は、俺が“未来”を煮込む番だ」
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